京鬼への扉

「京都鬼剣舞を繋ぐ」

 鬼剣舞は、何百年も前から岩手県北上地方の農家の男性たちによって(戦争で男性がいなくなった時期には女性たちによって)途絶えることなく踊り繋がれてきました。

 私が京都から通い始めた頃の岩崎鬼剣舞は年間150回公演、「剣舞(ケンベエ)だ!」となると仕事も放りだして駆けつけ、踊った日の夜は必ず「反省会」と称する酒盛り。飲んでいる最中にも立ち上がり「○○(祖父の名前)の踊りはこうだった」「オレはこう踊る」と、踊りについて喧々諤々の大論争を繰り返しておられました。私の目から見ると、どの踊りもそれぞれ素晴らしくて、みんな少しずつ違うのに決めどころでは一斉にそろってザイを切るところに、鳥肌が立つほど魅了されたものです。

 私自身は京都で生まれ育ちました。学生時代に民俗芸能を踊るサークルで「岩手に鬼剣舞というすごい踊りがある」と知りましたが、実際にその地元を訪ねたのは27歳の夏、日本各地に伝わる踊りを教材化しようという教師の研究会で岩手県の「北上・みちのく芸能まつり」に行ったときでした。そこで岩崎鬼剣舞と出会ったのです(平成元年)。

 踊りもそうですが、なにより岩崎の人たちに強く惹かれました。教材化するには難しすぎるし、女である自分には絶対に踊れない踊りだと思い知らされつつ、岩崎に行くと元気になるので、ただ好きで通い続けました。

 10年目に庭元から突然「印可之証」をいただいたことで京都に踊り組を作り、平成24年には巻物を伝授されました。私たちに巻物を渡すのに、地元では10年間論議があったそうです。「1300年の歴史の中で女に巻物を渡したことは無い。オレはいいが、ご先祖様に申し訳ない」と。それなら要りませんと申し上げたのですが、庭元は「巻物まで渡しておかないと教えた意味がない。将来万一岩手で鬼剣舞が途絶えたとき京都に残る可能性を作っておくんだ」と言われ、結局は受けることになりました。

 今回、「京の郷土芸能のつどい」の出演依頼をいただいたとき、正直、驚きました。自分たちは岩手の郷土芸能を踊っていると思っていたからです。しかし、鬼剣舞はもともとは奈良で始まり、全国に広まり、岩手の中で繋いでこられた芸能。それを人と人との繋がりで京都にも伝えていただいたのです。同じ年に「印可の証」を渡された「札幌鬼剣舞」や「佐渡鬼剣舞」という仲間もいます。これからも岩崎の皆さんとの繋がりを大切にしながら、どこまでも繋いで行ける限り繋いでいきたいという思いを新たにしています。

2025年2月22日

京都鬼剣舞 庭元 伊東睦子

京都市文化観光資源保護財団設立55周年記念「京の郷土芸能のつどい」
(ロームシアター京都)のパンフレットより